目次
1.遺言書保管制度とは
遺言書にはいくつかの種類がありますが、そのうち遺言者が、その全文・日付・氏名を自書し、これに印を押すことによって「遺言」としての効力を有することとなるものを「自筆証書遺言」といいます。公証人が作成する公正証書による遺言とは異なり、遺言者が単独で作成することができますので、作成した遺言書を遺言者の責任の下で管理・保管しておかなければなりません。
そこで、この自筆証書遺言を法務局において管理・保管してもらえるのが「自筆証書遺言書保管制度」(以下「本制度」といいます。)となります。
本制度は、令和2年7月10日からスタートしました。全国312か所の法務局で利用することができます。本制度が開始された令和2年7月から令和6年5月までの累計で、75,000件以上の利用があったことが公表されています(法務省民事局「遺言書保管制度の利用状況」(令和6年5月))。
自筆証書遺言は公にはされないため正確な作成件数は分かりませんが、令和5年における本制度の利用件数は19,336件であり、少なくともこの数以上の作成件数があることが推察されます。同年の公正証書遺言の作成件数が118,981件であることを踏まえると、自筆証書遺言も相当数作成され、本制度の利用に至っていることが分かります。
本制度の長所をご説明する前に、自筆証書遺言と公正証書遺言それぞれの特徴をご紹介いたします。
2.遺言の方式とその特徴
(1) 自筆証書遺言
遺言を作成しようとする方が、遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、これに押印することによって成立する遺言書になります(民法968条)。遺言者が、ほぼ全ての部分(遺言と一体のものとして添付する財産目録を除きます。)を自書しなければならない点がこの方式の要点でありデメリットの1つでもあります。
メリットは、費用をかけることなくいつでも手軽に作成できる点です。
デメリットは、上記で述べたとおり全文を自書しなければならない点、紛失、盗難、偽造や改ざんなどのおそれがある点、家庭裁判所による「検認」(民法1004条)が必要な点となります。
検認とは、相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造や改ざんを防止するための手続をいいます。
本制度は、これらのデメリットを軽減又は解消することができる制度となります。
(2) 公正証書遺言
公証人の作成する公正証書によってする遺言となります(民法969条)。
こちらは遺言内容が公証役場の原簿に記入されるため、遺言の存在及び内容が明確となり、証拠力が高い(有効性をめぐって紛争となりにくい)点がメリットです。紛失、盗難、偽造や改ざんなどのおそれがなく、検認不要です。
デメリットは、相続財産の価額や相続人の数などに応じて作成費用(公証人手数料)がかかる点、原則として遺言者本人が公証役場に出向く必要があるという点、推定相続人や受遺者等以外の証人2人以上を立ち会わせる必要があり、秘密を確保することができない点などです。
3.遺言書保管制度の長所
(1) 紛失、盗難、偽造や改ざんの防止
法務局で、遺言書の原本とその画像データが保管されるため、紛失や第三者による盗難、偽造や改ざんのおそれがありません。
(2) 遺言書の形式チェック
法務局職員が、民法が定める自筆証書遺言の形式に適合するかを確認するため、形式面でのチェックが受けられます。ただし、遺言の有効性を保証するものではないことに注意が必要です。遺言者の意図したとおりに財産を承継させる内容になっているかなど内容面に関しては、別途専門家に確認した方が良いでしょう。
(3) 相続人への通知
遺言者が亡くなったときに、あらかじめ指定された方へ遺言書が法務局に保管されていることを通知してもらえます。
この通知は、遺言者があらかじめ希望した場合に限り実施されるもので、遺言書保管官(遺言書保管の業務を担っている法務局職員)が、遺言者の死亡の事実を確認したときに実施されます。これにより、遺言書が発見されないリスクを防ぐことができます。
(4) 相続人の負担軽減
遺言者が亡くなった後、公正証書遺言を除く遺言書については、偽造や改ざんを防ぐため、遺言書の保管者又は遺言書を発見した相続人が家庭裁判所に遺言書を提出して検認手続を経る必要があります。
検認が終われば、当該遺言書が検認済みであることを証明する書類として「検認済証明書」を申請することができます。自筆証書遺言書に基づいて不動産の名義変更や預貯金の払い戻しなどの相続手続を行うためにはこの「検認済証明書」が必要となります。
検認は、必要書類を揃えて家庭裁判所に申立てを行い、手続完了までに数週間から2か月程度かかります。これら一連の検認手続が相続人の大きな負担となることは否めません。
しかし、本制度を利用すれば検認不要となります。相続開始後の手続面においては、この点が本制度最大の長所といえます。法務局で「遺言書情報証明書」を交付してもらい、これを使って相続手続を行います。
4.遺言書作成実務の雑感
ここまでで本制度の内容が少しお分かりいただけたのではないかと思います。
ご親族間の紛争を防止するためには「遺言書を作成しておくこと」が大切です。
本制度が始まる前は、遺言書作成を希望されるお客様に対し、積極的に自筆証書遺言を勧めることはほとんどありませんでした。現在においても公正証書遺言をお勧めする理由は変わっていませんが、「人生100年時代」、私たちを取り巻く環境の変化に応じて、保有する資産の状況やご親族との関係が大きく変わるかもしれません。
そこで、「まずは手軽に作成できる自筆証書遺言を作っておこう」という選択肢が本制度とあいまって見直されつつあるのではないかと感じます。自筆証書遺言の作成をご希望されるお客様には「遺言書保管制度」を必ずご案内するようにしております。
当事務所では、お客様のお気持ちをお伺いし、その想いやご状況に合わせて「いずれの」遺言書にすべきか、「誰に」「何を」「どのくらい」承継させるため、「どのように」書き記すべきかなど、分かりやすく丁寧にご説明いたします。
お客様の身近な「パートナー」として、お気軽にご相談ください。